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【介護】何も食べれなくなった入居者様。“食べたい”という気持ちが生んだ奇跡【体験談】

施設で暮らす入居者様にとって、一番の楽しみは“食事”です。

 

「口から食事を摂る」

これは私たちにとっては当然のこと。日常生活の一部です。

 

ですが加齢とともに、徐々に飲み込む機能や噛む機能が低下していきます。

認知症の進行や脳卒中などの後遺症で口から食事を摂る事が出来なくなってしまうこともあります。

 

今回紹介するのは、脳出血で倒れて何も食べれなくなった87歳の入居者様の奇跡ついて書いていきたいと思います。

 

 

突然倒れ、何も食べれなくなった入居者様

前日まで何事もなかったKさん。いつも通り食事を食べ、他入居者様と談笑し、穏やかに過ごしていました。

夜間もお変わりなく休まれていました。

 

しかし、朝になって急変しました。声をかけても起きることができない。話しかけてもろれつが回らない。

血圧が急上昇し、座ることもままならない。

 

すぐに救急搬送され、入院しました。

病名は『右視床出血』。脳の深部が出血していました。

 

2週間の入院を経て施設に戻ってきましたが、完全に寝たきりの状態で、鼻に管を入れていました。

 

入院中、一度も口から食事を摂っていない状態でした。全身の機能が落ちていました。病院では、食べさせるのは危険という判断だったのです。

 

突然倒れ、変わり果てたKさんが施設に返ってきて、最初に発した言葉は

「おなかすいた」でした。

 

最初は数口のゼリーから。口から食べる喜びを感じた瞬間。

Kさんはもともと認知症がありましたが、入院中に進行していました。

しかし幸いなことに、言語機能は保たれていました。

 

Kさんは「食べたいです」と話し、家族は「鼻や胃からの食事は可哀相」と話します。

私たちは本人が食べられるように支援していくことにしました。

 

最初に取り組んだのは、ベット上で角度をつけ、高栄養のゼリーを砕いてティースプーンで食べてもらうこと。

 

私は実際に食べたことがあるのですが、介護用の高栄養ゼリーははっきり言ってまずいです。私には食えたものではありませんでした。

 

ですがKさんはしっかり味わって、ゆっくり飲み込みました。

そして「おいしい」と笑顔を見せました。

 

食事はソフト食と呼ばれる形のない食事。水分はとろみを大量につけて、食事を開始しました。

皆と一緒に食事をする。食事は行為ではなく関わり

本人が食べたいという気持ちがあり、私たちも何とか食べさせたいと思いました。しかし、Kさんには様々な課題がありました。

 

中でも『ベットから起きることができない』というのは一番の課題でした。

  

ベットから起きることが出来ない状態では、他入居者様との関わる時間がほとんどなく、孤立した状態に陥ってしまっていますし、職員が対応できる時間も限られてしまいます

 

まずはベット上で身体を動かす機会を作りました。

足を曲げ腰を浮かし身体をひねる。

 

初めは職員の介助が無いと身体を動かすのも難しかったKさん。

しかし元々素直で真面目な性格もあり、自分から一生懸命動かそうと努力します。

またベット上で食べる際、少しづつ角度を大きくつけ、座る練習も行いました。

 

そして退院してから一ヶ月。ついにベットから車いすに移り、居室からリビングに出ました。

 

「あーあんた久しぶりね」

「元気になって良かったね」

 

他入居者様に声をかけられて、Kさんも笑顔を見せます。

入院する前のように談笑するなど、職員以外の人と関わる事が出来るのは嬉しいことだと思います

 

そして、ベットで食べる食事とテーブルで食べる食事では、食べる量が全然違いました。

ベット上では良くて半分。だいたい3割ぐらい食べたらそれ以上食べることはできなかったのですが、皆でテーブルを囲んで食べる食事は7割以上食べるようになりました。

 

そして、食べ進みも全然違います。

ベット上ではむせることが多く、その都度小休止を挟んでいました。

リビングではスムーズに食べ、むせる回数も大きく減りました。

 

食事というのは生きるための手段・行為という側面は勿論ありますが、それ以上に大事なことがあります。

 

それは食事を通しての生きる喜びです。食事を通じての他者とのかかわりの中で、Kさんは生きる喜びを感じたのだと思います。

 

肺炎は絶対起こさせない。再び入院しないために

食事量は少しずつ向上していきましたが、安定はしませんでした。体力が落ちて食事中にうとうとしてしまったり、身体が傾いてしまったりしてしまいます。

 

体力が低下してしまうと口の中に食事をため込んでしまい、肺に食物が入ってしまいます。いわゆる誤嚥性肺炎です。

 

次にまた入院したら、もう完全に食事を食べられなくなるのは誰の目にも明らか。

絶対に肺炎を起こさないために、本当に気を付けました。

 

一日のうちに必ず身体を休める時間を作りました。できればなるべく起きていて欲しいですが、疲労が蓄積して食事を食べれないとなってしまっては元も子もありません。

 

時には「寝たくない」と言う日もありましたが、そこは心を鬼にしました。

 

食事前後には必ず口腔ケアを行い、口腔体操やアイスマッサージと呼ばれる口腔マッサージを行いました。

 

食事はソフト食を細かく潰し、こまめに水分を取りながら慎重に介助しました。

一口ずつ食べる間、のどの動きまでしっかり確認し、飲み込みを確認してから食べてもらいました。

 

皆と同じ食事を食べる喜び

毎日毎日体を動かし、慎重に食事をとり、少しずつ起きている時間が長くなり、活動時間も増えてきました。

 

食事の形は見た目が皆とは同じものではないソフト食でしたが、“やわらか食”と呼ばれる食事にupすることになりました。“やわらか食”とは、“常食”よりは軟らかく作られていますが、見た目はほとんど変わらないです。

 

退院して始めて、皆と同じ見た目の食事を食べることになりました。

 

看護師やケアマネージャー、相談員など、施設の職員が見守る中、食事を配膳すると自らお茶碗を持ち、食事を食べ始めました。

 

退院してからこれまで、自分から食べようとすることはありませんでした。

おぼつかない手でお茶碗を持ち、スプーンでお粥を掬い食べました。

 

「おいしい」

 

その時の笑顔を見た時、観ていた若い女性職員は泣きました。嬉しそうに自分で食べる姿は見ていて嬉しかったです。

 

他の人の倍以上時間はかかりましたが、全部食べました。

「嬉しいです」

そう笑うKさんの笑顔はとても素敵でした。

 

大好きなお寿司を食べた喜び

退院してから一年。

Kさんはお粥から普通の米飯を食べられるようになり、副食も“やわらか食”から“常食”になりました。完全に普通の方と同じ食事です。

食事にかかる時間も倒れる前に戻りました。

 

そして先日、88歳の誕生日を迎えることが出来ました。

誕生日当日、Kさんの大好きなお寿司を出前でとりました。

 

Kさんの前にお寿司を出すと大喜び。そして食べ始めると手が止まらず、あっという間に全部食べてしまいました。

 

勢いよく食べる姿を写真に写すと、家族に見せました。

家族も大喜びしてくれました。「こんなに食べれるようになるなんて」そう言ってくれました。

 

Kさんの亡くなった旦那さんは元漁師で、よく刺身やお寿司を一緒に食べていたそうです。大好きなお寿司を食べれた喜びは認知症であっても忘れませんでした。

 

何も食べられなかった方がお寿司を食べた奇跡

一年前何も食べられなかった方が、お寿司を食べれるようになるまで回復したのは奇跡としか言いようがありません。

 

大抵の場合、何も食べれなくなった方はそのまま衰弱してしまうか、良くてソフト食どまりです。

 

Kさんは素直で真面目な性格。職員のリハビリや指導にも毎日付き合ってくれたKさんには感謝しかありません。

 

88歳になったKさんは祝い年である米寿を迎えました。

今年の敬老の日、Kさんには特別食が出されます。

今からその時に見せる笑顔がとても楽しみです。

 

口から食べるという、人として当然の行為が出来なくなる辛さは想像もできません。

いつまでも口から食べられるように支援していきたいものです。