特別養護老人ホームは【終の棲家】と言われるように、介護士として働いていると、入居者様の最期を看取る機会が多くあります。
これまで一緒に生活してきた入居者様が亡くなるのはとても辛いことだし、時に家族の冷たい対応に心が荒むこともあります。
そんな中、つい先日亡くなった入居者様の最期がとても素敵で印象に残っているので紹介したいと思います。
看取りの入居者様
98歳のSさん。身体機能が低下し、徐々に口から食事を食べられなくなり、体の機能が低下していきました。
元々認知症も強く、体力の衰えから食事以外は起きているのも難しい方でした。
それが段々寝ている時間が長くなり、覚醒時間が短くなる。食事・水分が取れなくなり、体が痩せていく。声をかけても反応しなくなる。
病気ではありません。加齢による機能低下。いわゆる老衰です。
ゆっくりと死に向かっていきます。人として、とても自然なことです。
家族も延命を望みません。苦痛が無く、最期を迎えることを望んでいました。
下顎呼吸が始まる。家族が駆け付けるにはまだ時間がかかる。
人が死ぬときに見られる兆候があります。下顎呼吸です。
下顎呼吸とは全身状態が悪化しているときに現れる呼吸で、呼吸すること自体も限界な状態を表します。全身の力を精一杯注ぎ、喘ぐような呼吸をします。
Sさんにも下顎呼吸が始まりました。一般的に、下顎呼吸が始まってから1~2時間程で亡くなります。
下顎呼吸が始まってすぐ、家族に連絡します。しかし間が悪く、家族の到着までどんなに早くても2時間以上かかってしまうとのこと。家族も看取ることを希望していたのですが、非常にギリギリの状況でした。
何度も息を吹き返すSさん
時間の経過とともにSさんはどんどん死に向かっていきます。
呼吸も徐々に弱くなり、右手首からはもう脈が取れません。
血圧は50を下回っています。
血圧を測定している途中、呼吸が止まります。5秒ほどして、激しく呼吸を再開します。
これを何度も繰り返していきます。もういつ呼吸が止まってもおかしくありません。
それでも、Sさんは亡くなりませんでした。下顎呼吸が始まって2時間経過していましたが、Sさんは頑張って生きていました。
家族が到着。Sさんが最期に会いたかったのは最愛のひ孫だった
下顎呼吸が始まって2時間半。家族が到着しました。状況を伝え、すぐにSさんのお部屋に誘導します。
Sさんのお部屋に入ると、息子さんから順々に話しかけます。
ですが、Sさんは反応しません。目は半開きですが見えているのかわからない状態です。娘さんが話しかけても、お孫さんが話しかけても、様子は変わりません。
最期に、Sさんのひ孫の美樹ちゃん(仮名)がSさんに近寄ります。まだ中学生の女の子。だけど、Sさんの状態は理解している様子でした。
「元気?」
美樹ちゃんが話しかけます。
その瞬間。Sさんはうつろだった目をぱっちり開き、しっかりと美樹ちゃんの顔を見て、口元を動かし、その後呼吸が止まりました。
Sさんは重い認知症でしたが、美樹ちゃんの話をするのが大好きで、美樹ちゃんが産まれた時のことを何度も私に教えてくれました。居室にもSさんと美樹ちゃんが並んで笑っている写真が飾られています。
美樹ちゃんが泣き、家族もそれにつられるかのように涙を流していました。
Sさんは意識もなく、延命処置も一切行わない自然死でした。
それなのに頑張って呼吸をし、家族が来るまで生きていられたのは、最期に最愛のひ孫さんに会いたかったからだと思います。少なくともその場にいた全員がそう思っています。最後に口元を動かしたのも、笑顔を見せようとしたものだったと思います。
ドラマみたいな話だけど、確かに私の目の前で起きたこと。
これまで多くの入居者様の死を目の当たりにしてきましたが、こんなことは初めてでした。
最期に
翌日、Sさんは職員や他の入居者様に見送られながら施設から出棺しました。
ご家族にはとても感謝をされました。
「母がこんなにも幸せに逝けてよかった」
美樹ちゃんも「ありがとうございました」と頭を下げていました。
家族は私たちに感謝してくれていますが、私たち介護職員もSさんとその家族には感謝の気持ちでいっぱいです。
最期を迎える入居者様はこれまでも多くいらしゃいましたが、Sさんのことは一生忘れません。これからも介護士として日々頑張っていこうと思います。